「なんだ、文句あるか」

 第一声が暴力的すぎる。
 アメツネは、間近にある女性の顔を見つめて溜息をついた。
 漆黒の睫毛の間にある翡翠色の瞳が、こちらの様子を伺うようにわずかに微動している。不死により幾千年生き続けてきた中でも、これほどまでに整った顔のパーツを持つ女性はなかなか見かけたことが無かったが、難を挙げれば、その中身が男らしすぎるところだ。こちら側の男性の部分が自信を無くしてしまう。
 黒髪の女性は、なんだつまらんとでも言いたげに息をつき、身体を離した。そのままベッドの上にごろんと仰向けになっている。

「たかだか接吻程度で驚かれてもなあ」

 余裕がありすぎるのもまた難点だ。こちらは久方ぶりに元の若い身体を手に入れたばかりで、醜い老人の姿では女性との触れ合いもできなかったし、口づけなんてもってのほか、前回したのは確かニライ国の前に訪れた町の……いやいや。

「できれば、お手柔らかに頼みたい……」
「いや、お前、その姿をして言うか。私が生きてきた中でも、類を見ない美青年だぞ。タカマハラ警備隊の奴らも美男揃いだったが、お前は、なんていうか格別だ。反則だな。ルール違反だ」
「意味が分からぬ」
「しかし、綺麗な青い瞳だなあ」

 寝転がったまま手を差し伸べられ、アメツネは戸惑ったが、ベッドの端に腰掛けたままカヤナの方に上半身を倒し、それに応えた。彼女の指先がそっと頬に触れてきて、くすぐったさに思わず目を細める。

「本当に綺麗だ……」

 カヤナはアメツネの目が気に入っているらしく、しばしば意味も無くじいと見つめてくるときがあった。そのたびアメツネは戸惑い、視線をどこにやっていいか分からず、結局彼女を見つめ返す形になってしまう。そうして続けざまにされたのが、先ほどの接吻だ。

「輝く宝石というよりは、暗闇で光る青い星のようだ。これは遺伝か?」
「うん? そうだな、母の瞳が青色だった」
「こんな息子が生まれるのでは、よほど美しい両親だったのだろう。肌も白くて綺麗だし、鼻筋も真っ直ぐで、唇の形も色も美しい」

 カヤナの口から次々と言葉が放たれるが、通常、男が女に言う台詞である。アメツネはだんだん気恥ずかしくなり、勘弁してくれと目をそらして姿勢を元に戻した。名残惜しそうに手を引っ込めながら、カヤナが口を尖らせてくる。

「なんだ、褒められるのが気に入らないのか」
「慣れていないのだ」
「そんなこと言って、老人の姿になる前はぶいぶい言わせていたのではないか」

 ぶいぶい言わせているという言葉の意味が理解できないが、からかわれているのは分かる。アメツネはシーツの上に散らばるカヤナの黒髪をすくい上げたり落としたりしてもてあそびながら、溜息混じりに答えた。

「……私は色恋に疎かった」
「は? その容姿でか」
「もともと研究者気質でな」

 恋愛より魔術の方に興味があったのだと告げると、カヤナに怖い顔で睨まれた。

「世界中の男を敵に回したな、お前……」
「まあ、この容姿のおかげで得することも多かったな」
「得?」
「ああ。旅の宿代や食事代が安くなったり、もらいものをしたり」

 魔術研究の旅をしていた頃を思い出しながら正直に答えると、カヤナにぷっと吹き出された。ずいぶんとまあ庶民的だなあと笑われる。

「そうか。お前、可愛いな」
「可愛い?」
「ああ。なんていうか、意外にな」

 再び手が伸びてくる。しぶしぶ身体を前に倒すと、カヤナがぐっと上半身を起こし、アメツネの後頭部を片手で引き寄せて、二度目の口づけをしてきた。今度は少し長い。顔を離すと、唇を舌の先で拭うカヤナの仕草があって、その妖艶さにアメツネは自分でも驚くほどの衝動を覚え、彼女の両手首をシーツに押しつけた。
 「おやおや」といった様子の彼女の表情がある。

「どうした?」
「そなたが悪い」
「私がか。つまり、文句があるわけだな」

 にやりと笑い、カヤナが低く言う。言葉を耳にしたアメツネの中で、何かがぷつりと外れた。
 さあ、この女性の、この余裕を打ちのめしてやらなければ。

「覚悟しろよ、カヤナ」

 男の宣告に、カヤナは驚いたように目を丸くしたあと、望むところだと口角を上げた。